大須の旧旭遊廓は点燈申し込み第一番を競うほどであったが、先の大須の大火で廓内の一部を焼き払われ、いまさらながら石油ランプの危険を実感した楼主達は、今後石油ランプの使用は全廃する事を決議すると共に、大口需要先であるとしての団体割引を名古屋電燈(株)に申し込んで断られたので不満を持っていた。
よって新しい電燈会社発起人たちは、壽楼楼主佐治儀助・福岡楼楼主角田幸右衛門両氏と交渉し、旭遊廓を有力な供給先として開業すれば事業の伸展も難しくないとして、明治26年(1893)10月30日に電燈営業の件を出願、明治27年(1894)3月7日認可されたので3月24日創立総会を開き、資本金15万円の愛知電燈(株)が発足した。
よって新しい電燈会社発起人たちは、壽楼楼主佐治儀助・福岡楼楼主角田幸右衛門両氏と交渉し、旭遊廓を有力な供給先として開業すれば事業の伸展も難しくないとして、明治26年(1893)10月30日に電燈営業の件を出願、明治27年(1894)3月7日認可されたので3月24日創立総会を開き、資本金15万円の愛知電燈(株)が発足した。